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【都市伝説】世界三大美人と謳われたクレオパトラはそんなに美女ではなかった!?

クレオパトラの意外な真実

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美しさを武器に権力者を次々に虜にしたと言われるクレオパトラだが、最新の研究では疑問が出ている。彼女の顔が刻まれたコイン…当時ファラオたちは自分の顔を性格に刻ませた。民衆に知ってもらうためだ。つまり、コインに刻まれた顔はクレオパトラのリアルな顔ということになる。その顔は鼻が大きく、顎が突き出ている。クレオパトラはとても美しいというわけではなかったのだ。彼女の本当の魅力とはなんだったのか?

幼少期の環境

 エジプト北部・地中海沿いの街アレクサンドリア。古くから地中海交易の最重要拠点として発展。クレオパトラの時代、この街が首都だった。クレオパトラはここに紀元前69年王家の娘として生まれる。

クレオパトラ研究の第一人者、アレクサンドリア大学教授モナ・ハッガーグは、クレオパトラの本当の魅力は容姿ではなく別の所にあったと考えている。それはアレクサンドリアの街が生み出した。学問を重視したアレクサンドリアでは、一般階級の女性も学校に通い職業を持つことが奨励されていたのだ。

王女だったクレオパトラは、学者たちから最高峰のレベルの教育を受けていた。学問の分野でも最先端を走っていたアレクサンドリアには、世界最高と評された学術機関ムセイオンがあった。その図書館にはクレオパトラも通ったと言われ、文学、数学、天文学、医学などあらゆる分野の書物が収集されていた。その数はなんと70万にも登ったという。

さらに、ここには世界中から高名な研究者が集まっていた。例えば、浮力の原理やてこの原理を発見したアルキメデス。幾何学の父と言われるユークリッド。王女だったクレオパトラは文学から化学まであらゆる分野の教養を身につけたと伝えられている。

なかでもクレオパトラがズバ抜けた能力を発揮したのが語学だった。地中海交易の拠点だったアレクサンドリアは、様々な国の人が行き交う国際都市だった。ある歴史家は、クレオパトラは海外から訪れた人たちの言語を理解し通訳なしで会話ができたと伝えている。クレオパトラは、ギリシャ語、ラテン語、古代エジプト語、ヘブライ語、エチオピア語、アラム語、ペルシャ語、アラビア半島の古代言語まで喋れたという。

その高い言語能力を活かし、彼女が10代の頃から磨きをかけたのは人々を魅了する演説だった。歴史書(プルタルコス「英雄伝」)によるとクレオパトラは、弦楽器のように声色を使い分け話内容を魅力的に伝えた。会話に説得力があり言葉が針のように心を打った。と記されている。

18歳で女王に即位

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女王に即位したクレオパトラは、これまでに培った知性と教養を武器に国の統治に乗り出す。力を入れたのが経済政策だった。今までにない斬新なアイデアの貨幣を生み出す。表は彼女の顔、その裏を見るとπやMの文字が刻まれている。πは80、Mは40を意味し、そのコインの価値を表している。それまでの貨幣は、金や銀など素材そのものの質や重さで価値が決められていた。そのため、当時エジプトでは貴重な金が流出し続けいた。そこでクレオパトラは、素材の質や重さに関係なくコインに数字を刻むことでその価値を決めたのだ。それはまさに現在、私たちが使っている貨幣そのもの。実はそれを始めたのがクレオパトラなのだ。

 さらに彼女は外交問題にも力を入れる。ローマとの関係だ。ローマは当時、圧倒的な軍事力を背景に拡大していた。もはやエジプトの独立も風前の灯。そんな国際情勢を語学が堪能だったクレオパトラは正確に掴んでいた。彼女は、ローマとの交渉にあるものを利用としようと考えた。それは小麦。当時エジプトは、世界有数の小麦の生産国だった。ローマにも大量に輸出しており、彼らが消費する小麦の大半はエジプトに依存していたのだ。クレオパトラはそこに目をつけた。

ローマにとって死活問題である小麦を他の国よりも安価で輸出してローマを優遇する政策を取ったのだ。クレオパトラは強国ローマを敵に回さずに手を組もうと考えたのだ。国内的にも国外的にも優れた統治能力を持っていたクレオパトラ。そんな彼女にとって最大の悩みの種は弟、10歳年下のプトレマイオス13世。二人は共同で国を統治していた。しかし、彼は家臣と共謀し何度も彼女を殺そうと機会を伺っていた。たまりかねたクレオパトラは、あるローマの将軍を頼ろうと考えた。

その人物こそ、ローマの英雄であり権力者としてトップの地位にあったユリウス・カエサルだ。彼は、クレオパトラと弟の争いを懸念して仲裁にやって来た。カエサルは、このままエジプト国内が混乱し続けると小麦の安定供給に支障が出ると考えたのだ。

クレオパトラと会ったカエサルは、その知性と教養に深く感銘を受けたと伝えられている。そして小麦の交渉相手としては、弟より彼女の方が適任だと考え、手を結ぶ。こうして女王の座を揺るぎないものにしたクレオパトラ、カエサルとの結びつきを強くするため次の手を考える。その舞台はナイル川。クレオパトラは豪華な船にカエサルを招きナイル川の旅に出る。そこにはある思惑があったという。

沿岸に立ち並ぶ巨大な建築物や広大な自然などエジプトの豊かさを見せつけることで、この国を掌握できるのは自分しかいないとアピールしたのだ。そしてカエサルのさらなる信頼を得ることに成功する。

その1年後、クレオパトラはカエサルとの間に男の子を授かる。カエサルにとっても初めての男子でカエサリオンと名付けられた。カエサルの息子を産んだことでローマとの結びつきをさらに強固にしたクレオパトラ。政治、経済、外交、自分にできる全ての力を使いきりエジプトの独立を守ったのだ。

クレオパトラは39歳でその生涯を閉じた。彼女には最大の謎がある。それは彼女が眠る墓地の場所だ。彼女の墓があるかもしれないと注目されているのが、アレクサンドリアにあるタップ・オシリス・マグナ遺跡だ。

これまでに発掘されたのは、クレオパトラに纏わる彫像や石碑など。なんとクレオパトラの顔が刻まれたコインは200枚も見つかっている。世紀の発見の日がもうすぐそこまで来ているのかもしれない。

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