嘘か本当か分からない話

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文藝春秋の創設者は思いを寄せる男のために罪をかぶっていた!?

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数々のスキャンダルを暴く週刊文春の出版社、文藝春秋創設者のスキャンダルをご紹介。

「俺は女も食欲と同じで食い足りてくれば、捨てるばかりだと思っている」

その男の名は菊池寛。1923年に「文藝春秋社」を創設。その後「直木賞」「芥川賞」を制定した日本文学史を語るうえで欠かせない人物。 お世辞にもイケメンとは程遠いこの男、実は!上記のようなことを豪語していたとんでもない遊人だった。

なんと、妻や娘も暮らす自宅に愛人を住まわせるなど、相当な女好きとしても知られていた。 そんな菊池が、最も掘り返されたくない過去が、学生時代の愛憎劇だった。

 学生時代

時は1913年(大正2年)、東京大学教養学部の前身にあたる、第一高等学校の学生だった菊池。 この頃、特に親しかったのが、佐野文夫という男。 この佐野は秀才で、かなりのイケメン。 将来、多くの女性を囲うことになる菊池寛だが、学生時代に何と、この佐野にも特別な想いを抱いていたと言う。

ある日、女性とデートをすることになった佐野。 自分が超エリートであることの象徴が、学校指定のマントだったのだが…

菊池「あれ? お前、マントは質に入れたんじゃなかったのか?」

実は、貧しい生活をしのぐため、自分のマントはとっくに質に入れた佐野だが、デートで格好つけるために、盗んできたのだ。 それにもかかわらず…

佐野「同郷の学生から借りてきた」

と嘘をついたのだ。この佐野が盗んだマントが原因で、菊池は退学にまで追いやられてしまうのだが、 何の罪もない菊池が、退学になった理由とは何だったのか?

退学

デートが終わった後、返しておけば良かったのに、お金がない佐野は菊池寛に命じて、さらに質屋に入れさせたのだ。 しかし、盗まれた人が盗難届を出していたので、窃盗事件になった。 それで調べられた際、菊池寛は佐野をかばったのだ。 そのため「身代わり退学」となり、一高(現在の東大)を去っていったのだ。それほど菊池は佐野へ想いを寄せていたのかもしれない。

直木賞の名前にもなった偉人

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さらにもう一人、掘り返されたくない金銭トラブルのあった文豪と言えば直木三十五。 直木三十五と言えば、「下町ロケット」にも与えられた直木賞の名前にもなった偉人で早稲田大学の卒業写真の右上の人物。

だが実は直木三十五は、授業料を払わずに早稲田大学を退学になってのに、なぜ集合写真に写っているのかというと…。 なんと、タイミングを見計らって集合写真に乱入し、同級生に混じって写ったのだという。 退学がバレると仕送りが止まるため、それを恐れて親を騙すために卒業写真に乱入したのだ。

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