1600年、岐阜県関ヶ原で豊臣秀吉亡き後の天下を取るため武将たちが激突。それが「関ヶ原の戦い」だ。徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍、共に8万から9万の軍勢で兵力は互角。戦は長引くと思われたが、天下分け目の戦いはたった7時間で決着した。その原因となった武将こそ小早川秀秋だった。そこには深い訳が…
ある高校に置き換えてみよう。東と西の2つの勢力。どちらにつくのかヤンキーたち。時空を越えてヤンキーとなった三成と家康が、ある気弱な男を奪い合う。天下を分けるその戦いで若きその武将がやっちまったのだ。
ヤンキー高校の権力争い
力こそ正義!ワルが集まる関ヶ原高校。史上最強の大番長として、西校舎と東校舎をまとめた男…それが豊臣秀吉だった。その大番長が引退する。史実、秀吉がこの世を去るとその時を待っていたかのように、西校舎を仕切る石田三成と東校舎を仕切る徳川家康とが、統一番長の座をめぐり争い始める。
先代秀吉は西校舎の生徒。史実、それを継ぐとされるのが三成の西軍。刷新を図るのが家康の東軍。戦いの末、三成側が秀吉から受け継いだ番長旗を守れれば、東西校舎をまとめる統一番長になれる。
小早川秀秋は、先代秀吉の親戚。頼りないが多くの子分を譲り受けていた。そんな彼がこの戦いのキーマンとなる。名うての不良を次々に従えた家康が、時より西校舎まで濶歩する勢い。徳川秀忠、前田利家など強力な仲間と共に郊外にも勢力を広げていた。
東校舎のたまり場であるゲームセンターを訪れる家康たち。そこに西校舎の連中を見かけた家康たちは、追い込みをかけて西校舎の生徒たちを追い出しにかかる。そこには秀秋の姿も…。だがかつて秀秋の面倒を見たことのある家康は、彼とその子分たちに目をつけ…
「お前が西で冷遇されてるって言うから、俺は〝ここに来て遊んでいいぞ〟ってお前だけは許した。何かあったら俺のところへ来い。俺が統一番長になったらお前を…」
「すいませんっ、もう行かないと…」
「西のたまり場に行くのか?おいっ」
手土産にジュースの入った袋を秀秋に渡す家康。史実、家康から秀秋へ寝返りの誘いは早くから行われていた。
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西のたまり場
静かに耐えていた三成たちは…
「東の奴ら…秀吉さんがいなくなってから調子に乗ってねぇか」
「学校の中ででけぇツラしやがって…ムカつくんだよ(毛利輝元)」
「そろそろやっちまおうぜ!」
とそこへ遅れてやってくる秀秋。
「ごめん、遅れちゃった」
「おい、秀秋。これ東の奴らからもらってきたんじゃねぇのか?」
「違うよ!そこのコンビニで…」
「お前西校舎だろ!なんで家康たちと仲良くやってんだ?」
「いや…そういうわけじゃ…」
「この店は持ち込み禁止なんだよ」
ジュースを秀秋の頭にかけながら笑う三成。史実、家康との関係を知る三成は、秀秋を冷遇していた。
「関ヶ原高校を仕切るのは、秀吉さんの代から西の方だ。その思いが一番強いのは三成だ。こいつに従え!(毛利輝元)」
「従うか?」
「はい…」
その様子をスマホのムービーで撮影する家康の子分。史実、家康は忍者や内通者を使った情報集めの鬼だった。ムービーを見ながら三成が抗争を始めようとしているのを知った家康。
「今、西が持っている関ヶ原高校の統一番長旗…、あれは俺が頂く」
決戦の時が近づいていた。
「今回こそ東校舎に番長旗を!」
「西の奴ら一体どんな作戦でくるんだろうな」
「こっちも作戦を立て始めないとな」
「あれ?そういえば家康さんは?」
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西のたまり場ゲームセンター
それは…密会。
「よう、秀ちゃん。校内統一した暁にはお前は幹部だ。三成に文句は言わせない」
「でも…」
「それとも三成の言いなりで過ごすのか?三成には人望がない、あいつには無理だ。俺が番長になってみんなをまとめる。俺の方につけ」
その様子をスマホのムービーで盗撮する三成の部下。そしてそれを見る三成。
「家康の野郎、秀秋の事を誘惑するつもりだよ」
「ん~、だったら」
秀秋に電話をし秀秋を呼び出す三成。
「いろいろと威張った態度をとって悪かった」
「いや、いいよ」
「お前のほうが力は上だ。お前に厳しくすることで、周りの連中の気を引き締めただけ。悪気はなかったんだよ…」
「話ってそういうことか?」
「いや、もっと重要なことだ。統一番長戦は、間違いなくうちら西が勝つ」
「エッ(;゚Д゚)!、そうかな」
「お前の力があれば絶対に勝てる。うちら西が勝ったら統一番長はお前だ」
「(;゚Д゚)! 俺が番長!?」
「とにかく、うちら西が主導権を握る学校にしたい、考えておけ。あっ、決戦の日が決まった。来週9月15日だ」
関ヶ原高校統一への決戦!その時、小早川秀秋は…。
関ヶ原高校統一番長戦
旗を守る西校舎。旗を奪おうと攻める東校舎。戦いは始まった。戦力は拮抗しており、双方譲らずの展開。しかし、家康には秘策があった。秀忠が大勢の援軍を連れてくる手はずなのだ。ところが…
「( ゚Д゚)ハァ?間に合わねぇだと?」
「人身事故で電車が止まっちゃって」
「バカヤロー」
史実、秀忠の援軍2万は戦に間に合わす、大きな痛手に。これのより一層欠かせなくなった彼の力…。秀秋は西校舎で階段のおどり場を守っていた。東と西から何度も何度も携帯に電話がかかってくるのを無視する秀秋。史実、秀秋は両軍の合図を無視。
出ない秀秋に対し、仕掛けたのは家康だった。子分を足場にして2階のおどり場の窓を叩く家康。びっくりして窓を開けた秀秋にビンタをして寝返りを命令する。史実、家康は寝返りを促す大砲を秀秋に撃ち込んでいる。すると…
「僕…家康さんにつきます」
混乱する戦場で一体何をするのか?階段で防戦する味方を後ろから攻撃する秀秋!
「大谷くん…( TДT)ゴメンヨー。東!早く、今だ!まっすぐ突きっれ!早く!早く!」
史実、同じ西軍・大谷吉継の軍勢を襲い、固めていた守りを崩したのだ。西校舎に東軍が一気になだれ込み。家康が三成にグーパンチ!
「獲ったど~!!」
番長旗を手に雄叫びをあげる家康。拮抗する長期戦と見られながら早々の決着。その決め手が秀秋の寝返りという選択。味方から「裏切り者」「恥知らず」「意気地なし」などと罵られる秀秋。天下分け目でのその汚名は、400年以上経った現在も消えすにいるのだ。
小早川秀秋という男
西と東の戦いで小早川秀秋を取り合う両陣営。なぜ彼を奪い合いことになったのか?実は、秀秋の軍勢は1万5千人もあり、秀秋が東に味方すると拮抗した勢力のバランスが崩れることになるためだった。
ではなぜ、そんな秀秋がイジメられていたのか?一時は秀吉の跡を継ぐかもしれないと言われていた秀秋。ところが、秀吉に秀頼という子供ができたことで、秀吉から邪魔者扱いにされてしまう。秀吉は挙句の果てに秀秋の領地を削ってしまう。追い詰められた秀秋は、あとは死ぬだけという状況になっていた。
そんな秀秋を助けたのが家康だった。秀吉が死んだ後に秀秋の領地を取り戻してやったのだ。家康に大恩ある秀秋だったが、秀吉の親戚であり、三成に秀頼が大人になるまでの間、関白の座(番長)を譲ると約束され東につくことも決断できなかったのだ。
結局、東への寝返りという決断をした秀秋は、敵味方からの罵倒に心を病んで酒に溺れ2年後の21歳で病死した。