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レオナルド・ダ・ヴィンチの暗号!絵に込められたメッセージを解読する

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史上最高の天才と言われるレオナルド・ダ・ヴィンチはルネサンス期に生まれた。初期の作品では、特殊な絵の具を使っていたことが近年判明。これは何かの暗号なのだろうか?ダ・ヴィンチの巧みな絵画、高度にテクニカルな手描きのスケッチや手記を調べることで、異世界のテクノロジーや地球外生命の知識を明らかにすることができないだろうか?

 

 ダ・ヴィンチの陰謀

現代における影響力

2011年2月24日、国際宇宙ステーションに向けてスペースシャトル・ディスカバリー号が最後のフライトに飛び立った。その任務は、ロボット工学会の最新モデル・ロボノート2を届けることだった。

現在のテクノロジーが生み出したこの人型ロボットは、500年以上昔に描かれたデッサンに基づいて設計されたという。そのデッサンをしたのがレオナルド・ダ・ヴィンチだ。

今もなお、ダ・ヴィンチは人類史上最高の天才だと言われている。並外れて高い知能を持ち、驚くほど多岐に渡る分野で創造性を発揮し膨大な数の発明を世に送り出している。ダ・ヴィンチは画家や彫刻家としての教育を受けたが、その他の分野でも才能を発揮した。具体的には、幾何学、数学、機械設計、解剖学、地質学などでどの分野においても素晴らしい洞察力を見せている。ダ・ヴィンチは、死後半世紀が経った今も影響を与え続けているのだ。

ダ・ヴィンチは何者なのか?知性と想像力に恵まれていただけなのか?それとも何か秘密を持っていたのだろうか。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、1452年4月19日にイタリア・フィレンツェ郊外のヴィンチ村で生まれた。ダ・ヴィンチが生きたイタリアのルネサンス絶頂期は、芸術と科学とが著しく発達し人々が知識を追い求めた時代だった。

ルネサンスとは再生を表すフランス語で、古代の価値観を蘇らせるという理念が込められている。これは古典古代と言われた古代のギリシャやローマ時代の芸術を復興することを意味している。ローマ時代の終りからルネサンス期が始まるまでの1000年の間は、暗黒時代と呼ばれていたため人々は、学問と芸術を刷新することでこの世界に人知の光を取り戻そうとしていた。

ダ・ヴィンチが住んでいた頃のフィレンツェは、ロンドンやパリ、ローマを凌ぐ大都市で世界の頭脳が集結していた。ルネサンスは、啓蒙の時代と言われる一方でローマ・カトリック教会による統制が行われた時代でもあった。

当初、世界を動かしていたのは教会で、芸術家はもちろん読み書きができる者なら教会のシステムに組み込まれ、ルネサンス時代に芸術家を支えた主なパトロンは教会だった。若きダ・ヴィンチが手がけた初期の頃の作品では、木製の盾にギリシャ神話の怪物メデューサらしき肖像が描かれたという。

当時の傑出した芸術家の大半が、旧約聖書を題材にした絵を描いていたのに対し、なぜダ・ヴィンチはギリシャ神話の怪物を描いたのだろうか。このメデューサは、地球外の生命体だったのではないだろうか。

現代の天才と呼ばれる人々(アインシュタイン、ホーキング、ジョブズなど)は宇宙には人間以外の知的生命体が存在し、これまでずっと何らかの形で人類と接触してきたという概念に関心を寄せている。ダ・ヴィンチもおそらく宇宙人の存在を信じていたのではないだろうか。

絵に込められたメッセージ

十代の頃のダ・ヴィンチが弟子入りを認められたのは当時、有名な画家だったヴェロッキオの工房だった。この時代のダ・ヴィンチの有名な作品と言えば、ヴェロッキオとの合作による「受胎告知」だ。

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これは直に神の子を身ごもるとのお告げが、聖母マリアに下される場面を描いたものだ。ヴェロッキオは卵を乳化剤として使い、顔料を混ぜて作った伝統的なテンペラ絵の具でこの絵を描き始めた。そこに途中からダ・ヴィンチが加わり、絵を完成させた。ダ・ヴィンチは天使を描いている。

1989年フィレンツェの鑑定家たちは、この天使の絵がダ・ヴィンチによるものかどうかを検証するために受胎告知の絵を徹底的に調査した。調査の結果、ダ・ヴィンチの絵だと結論づけられたが、この時に奇妙な事実が明らかになった。レントゲンにかけるとこの天使の姿が見えなくなってしまったのだ。

ヴェロッキオは、聖母マリアを描くのに鉛の入った絵の具を使用している。だがダ・ヴィンチは異なる顔料を使ったようなのだ。なぜ師匠の作品に弟子のダ・ヴィンチが、わざわざ異なる種類の絵の具を使ったのだろうか?可能性の1つとしてダ・ヴィンチがここにメッセージを残したことが考えられる。

500年後になるまで気づかれもしないことを知りながら、秘密のメッセージを込めた天使の絵を描いていただろうか。なぜこんなことをしたのだろう。ダ・ヴィンチのこの後の人生を見ていくことでわかるかもしれない。

2年間の失踪

1476~1478年の2年間のダ・ヴィンチの記録は残されていない。当時、どこにいて何をしていたか全くわかっていないのだ。この時期は、画家として注目され始めた頃だっただけに奇妙だ。

考えられる可能性としては、この数年の間ダ・ヴィンチは特別な師匠に付いて修行をしたということ。そして、この人物によって普通の人間なら生涯目にすることがない物を見せられたのではないだろうか。聖書に登場する予言者エノクは、異星人によって宇宙船に連れて行かれ上空から地球を見たとも言われるが、ダ・ヴィンチも同じように誰も見たことがない宇宙や機械の知識、発明のアイデアなどを与えられていたのかもしれない。

事実として1478年にフィレンツェに戻ってからダ・ヴィンチの創り出すものは、それまでと全く違うレベルに達し芸術を超えて他の分野にまで及んでいる。驚くほど精度の高いイタリアの街の地図を作成し、世界初となる自走式の車を設計した。そして何百年も時代を先取りした機械を発明している。

人体の研究に没頭した謎

1513~1516年の間にダ・ヴィンチはバチカンで当時、死刑にも値した犯罪行為に手を染め始める。それは人体の解剖だ。ダ・ヴィンチは画家の仕事でミラノからバチカンに来ていた。ここにはカタコンベと呼ばれる地下の洞窟が数多くあった。カタコンベは内部の気温が低いため、死体の腐敗が進むことを心配せずに解剖ができる絶好の場所だった。カトリック教会の教えにおいて死体解剖は禁じられた行為だったが、法皇の目と鼻の先でダ・ヴィンチは数多くの解剖を行っていた。

バチカンで過ごした3年間にダ・ヴィンチは、詳細を極めた解剖記録を数多く残している。研究を秘密にするために人体解剖に関する手記は、鏡文字と呼ばれる手法を使い暗号で残された。ダ・ヴィンチは、この他にも発明など自分のアイデア全てを鏡文字で書き留めている。

1503年フィレンツェで裕福な絹商人が妻の肖像画をダ・ヴィンチに依頼した。この絵はダ・ヴィンチが細部までこだわって筆を入れ続け、その後死ぬまでの16年間ずっと手元に置き続けることになる「モナリザ」だ。

モナリザの何が晩年のダ・ヴィンチの心をこれほど掴んだのだろうか。50✖75cmの肖像画一枚になぜこれほど時間をかけたのか?

生涯に渡り鏡文字を使い続けたダ・ヴィンチは、絵を描く時もこれと似たテクニックを使っている。モナリザも鏡を使わなければ読み解けないメッセージを残している可能性がある。

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ダ・ヴィンチの肖像画では、手の仕草に意味が込められているのが特長だ。そして描かれた手の位置は、胸像を作る際に境目を見つける手がかりになる。ここに反転した胸像を重ねてみるとヘルメットのような頭の生物が浮かび上がる。

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ダ・ヴィンチの描いた「聖アンナと聖母子」にも同じ生物が現れる。

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さらに「岩窟の聖母」でも手を起点に反射板の位置を決めて絵を合わせると聖母の顔が合わさり恐ろしい顔が現れる。モナリザの絵と同じ仕掛けがこの絵にも仕組まれているのだ。現代人の考える地球外生命体の顔のようにも見える。

これはダ・ヴィンチが宇宙人と接触したことを示すものなのだろうか。なぜ、ダ・ヴィンチが人体の解剖に没頭したのか?芸術のためだったのか、あるいは宇宙人に関係する何かがあったのではないだろうか。

大英図書館には、ダ・ヴィンチが描いた「アランデル手稿」が保管されている。これは283ページから成るイラストや発明品、アイデアなどを書き留めた手記で内容は科学の分野のみならず、全く新しい領域にまで及んでいる。

当時の芸術家にしてはダ・ヴィンチは、記録が数多く残されている方だ。思想やアイデアを書き留めたものは数多く残されているが、不思議と私生活に関することはほとんど記録がない。

ダ・ヴィンチの書いた文書には、いくつか個人的なことも残されているがどれも1478年に2年間の失踪から戻った直後に書かれたものだ。その1つに謎の巨大洞窟を発見した話がある。洞窟の入口に立った時に、深い暗闇と中に何がいるのかわからない恐怖に襲われたと書かれている。しかし、同時に何があるのか確かめたいという欲求に駆られたという。

ダ・ヴィンチはこの洞窟で何を見つけたのだろうか?この体験は人生において極めて重大なことだったのだろう。自分のことに関してほとんど書き残さなかったダ・ヴィンチが、記録に残していることからそのことはわかる。

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ダ・ヴィンチの絵やデッサンに、彼が宇宙人に遭遇した証拠が残されているかもしれないという。ダ・ヴィンチの描いたグロテスクな顔のデッサンを見て気付くことに、極端に誇張されて描かれたものだとしても人間からは、かけ離れているということがある。長い頭や押しつぶされたような顔、どれも醜く不気味で怪物のようにも見える。

自分の見たものを忠実に写し取ることで知られる画家がこの絵を描いているのだ。ダ・ヴィンチは何を見てこれを描いたのだろうか。グロデスクな顔のデザインは、想像から生み出されたものなのか、あるいは宇宙人と遭遇した証拠なのか。

ルネサンス期のUFO絵画

ルネサンスの時代には、アジアやヨーロッパで空に不可解な現象が目撃されたことが数多く記録に残っている。1453年コンスタンティノープルが包囲された時には、空から炎が降りてきたと兵士が証言している。1458年には、日本で巨大な円盤が空に昇って行ったと語られている。そして1492年の大航海で大西洋上にいたコロンブスが、海の上に浮かぶ不思議な光を見たという。

ルネサンス期に描かれた絵画の背景には、異様な現象が描かれている。UFOのような物体や火の玉、天から発せられる光線に内部に人を乗せた流れ星などが表現されている。15世紀の芸術家たちは、聖書の一部分を表した絵画になぜ謎の物体を描いのか?

キリスト教の起源を伝えようとしたのか、あるいはこの奇妙な物体は数多く目撃された謎の飛行物体と関連があるのだろうか。

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ヘルデルの描いた「キリストの洗礼」は、他の宗教画に見られる説明がつく奇妙な光景とは違い、輝く円盤から発せられた4本の光がキリストを照らしているようにしか解釈できない。

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「聖母子と洗礼者ヨハネ」にも不思議な物体が描かれている。実際に絵を見るとこれが雲に隠れた天使ではないとわかる。筆の誤りやシミなどではなく、筆でしっかりと何かが描かれている。さらに羊飼いが手をかざして何かを見ている。空を飛ぶ謎の物体がいるということを表しているのだろう。16世紀のUFOとも解釈できる。

この時代のダ・ヴィンチや他の芸術家たちは、おそらく宇宙人のことを知っていたのだろう。

ダ・ヴィンチの発明の数々

ボーイング社・AH-64型ヘリコプター・アパッチ。4枚の回転翼とツインエンジンを搭載した攻撃ヘリコプターで最高速度は300km以上、高度は6400mまで上昇できる。レーダー感知を防ぐために地面から1m足らずの高さで飛ぶことも可能だ。

現代の脅威とも呼べるこのヘリコプターには、さらに驚くべき事実がある。500年前に垂直飛行する乗り物がダ・ヴィンチによって設計されていなければ、製造されなかったかもしれないのだ。

ヘリコプター、飛行機、潜水艦すべてダ・ヴィンチが考え出したものだ。実用化された現代兵器も発明している。もし、ダ・ヴィンチの発想やアイデア、科学上の新発見を当時開発出来ていたら1800年代には人を月に送っていたかもしれない。だが当時の技術力では、ダ・ヴィンチの発明を実現することはできなかった。

発明の中で唯一、ダ・ヴィンチが実現できたものがある。それは世界初の自力で動くロボットだ。1517年には、フランスのアンボワーズにある有名なクルーの館で65歳になったダ・ヴィンチは、国王のフランソワ一世にライオン型の実物大ロボットを寄贈している。現在はクロ・リュセ城と名を変えた博物館でレプリカが展示されている。

ダ・ヴィンチは何をきっかけに、このような複雑な装置を思いついたのだろう。これと同じ物が作られるのは300年も後のことだ。

ダ・ヴィンチが発明した中で最も驚くものは、航空技術に関するものだ。ライト兄弟が初飛行に成功する約400年前、15世紀に生きたダ・ヴィンチがハンググライダーやヘリコプターらしき物など数多くの航空機を設計している。

時代を先取りした驚異の発明品は、どこからアイデアを得ていたのか。偉大な天才が生み出したものなのか、宇宙人の影響があったからなのか。過去に宇宙人に遭遇したのか、あるいはダ・ヴィンチ自身がその血を引いているのかもしれない。

 タイムスリップした可能性

フィレンツェから少し離れた山の中で子供頃のダ・ヴィンチは、自然の神秘に触れながら過ごすことが多かった。両親が結婚していないために、同年代の子供が通う名門校が入学を認めなかったのだ。

19歳になるまでは、田園地方をぶらつくなどしてほとんど1人で過ごしていた。岩や鳥を調べたり、水の流れを観察したりするなどして山を研究している。自然に抱かれて育ったのだ。ダ・ヴィンチは自身の知識欲にかられ、名門校で与えられる知識を自分1人で手にしていたという。

手記に記した洞窟もダ・ヴィンチが過ごしたアペニン山脈にあったと思われる。洞窟の出来事は1480年頃に起こったと考えられる。理由として、この頃に書かれたと思わる思考に洞窟の記述があるからだ。洞窟の発見をあえて記録に残そうとした事実から、この出来事によってダ・ヴィンチが心理的に重大な影響を受けていたことが伺える。

この洞窟は、タイムトンネルだったのではないだろうか。このタイムトンネルを通ってダ・ヴィンチは未来へとタイムスリップして元の時代に戻ったのかもしれない。歴史の中にはダ・ヴィンチのような高い知能と先見性を持った天才が何人も存在している。まるで未来を見ることができたのかと思うほどだ。そして、当時の世界に影響を及ぼしただけでなく、世界を大きく劇的に変えるような行動を起こしているのだ。

ダ・ヴィンチが宇宙人と遭遇し発想やアイデアを得たのか、タイムスリップして未来の世界を見てそれを実現しようとしたのか。その答えは、受胎告知に描かれた姿が消える天使に込められている。

受胎告知は、聖母マリアが神の子を身ごもることを天使ガブリエルが告げる瞬間を描いたものだ。ある学説によれば、受胎告知の中にX線を通すと消えてしまう天使を描いたのは、天使ガブリエルのように自分が使者であることを示し、描いた絵のテーマのように人類に素晴らしい贈り物が届いたことを伝えたのでないかという。実際にダ・ヴィンチが人類にもたらした物は神からの贈り物とも言えるだろう。

 第一千年紀における最も影響力を持つ人物と言えば間違いなくキリストだろう。そして第二千年紀の重要人物の中でも突出しているのがダ・ヴィンチと言えるだろう。この千年間に最も広い分野において、最も人類に貢献した人物だからだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチ

世界の名だたる名画の数々を描き、500年も時代を先んじた機械を設計し、今日のロボット工学の礎を築いた男。ダ・ヴィンチは時間を旅して偶然にも未来を垣間見ることになったのか?それとも我々の知らない計画が存在し、宇宙人と密約を交わすための使者として選ばれた人間だったのか…。

答えは宇宙ではなく、我々の手の届く所で見つかる可能性がある。500年の時を経た肖像画。そこに描かれた微笑みに隠されているのかもしれない。