UFO、UMA、古代遺跡、心霊現象…。かつて世を席巻したオカルトブームは終わっていなかった!40年に渡り謎を追い続けている雑誌「ムー」から至高のミステリーをご紹介します。
世界の謎と不思議を解明せよ!
かつて人々を熱狂させたオカルト。ブームは終焉したかに見えたが…科学が発展し情報化が進んだ現代でも世界にはまだまだ謎や不思議が溢れている。
1970年代初頭、イスラエル出身の若者が日本中のお茶の間を驚愕させた。彼の名はユリ・ゲラー。物理的な力を加えずスプーンを曲げるいわゆる超能力。この言葉は一気に浸透し一大ブームを巻き起こした。
1999年に人類は滅亡する。1973年に発売された『ノストラダムスの大予言』が大ヒット。天変地異、宇宙人襲来など様々な終末思想が溢れた。その上この時、世界は米ソが冷戦中でいつ核戦争が起こってもおかしくなかったために、その予言は注目された。
さらにネス湖のネッシーやビックフットなど未確認生物が大きな話題を呼び、日本でもツチノコ探しに多くの人が熱狂した。全国で目撃例が報告され多額の懸賞金がかけられたこともあった。
中でも未確認飛行物体、UFOは世界各地で目撃情報が続出。数々の写真や動画が話題をさらい、80年代に入るとコックリさん、心霊写真など日本中にオカルトブームが到来し毎日のようにテレビや雑誌で特集された。
だが1999年が何事もなく終わると、科学やインターネットの発展で様々な情報が手軽に入手できる時代を迎えオカルトブームは終焉を迎えるかに見えた…。しかし、2000年代に入るとオーラやパワースポットなど、スピリチア系のオカルトが女性の間で人気に!
最近でも元CIA職員スノーデンが、地球のマントルには地底人がいると発言し世の中に衝撃を与えた。未だ世界は謎と不思議に満ちている。そんな世の中の不思議を40年間追い続けてきた雑誌がある。それがスーパーミステリーマガジン・ムーだ。1979年の創刊以来、心霊、超能力、UFOなどオカルトブームを牽引してきた。学研入社以来ムー一筋、誰よりもムーを知る月刊『ムー』編集長・三上丈晴さんが厳選した不思議ネタをご紹介します。
甲府事件
1975年2月23日山梨県甲府市、当時小学2年生だった2人の少年の頭上にUFOが出現し、目の前に着陸した。さらに着陸したUFOから宇宙人が姿を表したという。宇宙人は、少年たちのそばにやって来て、いきなり少年の肩を叩いた。その瞬間、恐怖が絶頂に達した少年たちは、無我夢中で走り出し家に逃げ帰ったと言う。
この事件は当時、新聞にも掲載された。当時、少年たちが描いた絵も残っている。UFOを目撃したのは、子供たちだけでなく、多くの大人もUFOを目撃している。
その報告を聞いた放射能の専門家が、現地を調査したところ、現場から放射線が検出された。さらに2016年になって新事実が見つかった。
2016年11月、大阪でUFOを研究する民間団体のフォーラムが開催され、そこで甲府事件に関する研究報告が発表された。甲府事件の際に現場から放射線が検出されたのだが、そのデータを改めて調べたところ、その放射線がリン32という物質であることがわかったと言う。
リン32とは、肥料などに使われるリンが中性子線を浴びることで生成されるという放射性物質。だが中性子線は、原子炉など限られた場所でしか発生しない。本来リン32は、自然界には存在し得ない物質なのだ。
甲府には原子炉がない。ということはこの場所に一時的に原子炉が現れたことになる。原子炉はUFOの動力源だった可能性が出てくる。果たして少年たちが見たものは、本当にUFOだったのだろうか…
未確認生物UMA
ユッカマン。1971年アメリカの海軍基地に現れ、兵士が目撃したという。
こちらはスカンクエイプ。オランウータンのような風貌で、目を開けていられないくらいの悪臭を放つという。
そんなUMAの中でも多く取り上げられたのが、チュパカブラだ。ヤギや牛などの家畜を襲い、血液や体液を吸い取ってしまう。このチュパカブラ、なんと2015年に実際に捕獲されたという。
場所はアメリカ・テキサス州。その写真はこちら。
牧場に侵入したところを飼い犬が殺したという。鋭い牙を持っているが、毛のない犬や狼にも見えなくはない。怪しさ満点だが、チュパカブラが出た事件現場の血液をDNA鑑定したところ、現代の動物のいかなるパターンとも一致しないという結果が出たという。
チュパカブラは地球上の生物ではないのだろうか。事実、チュパカブラが目撃されている場所ではUFOも多く目撃されている。
実は日本はピラミッドだらけ?
ピラミッドと言えば、エジプトや中米にある石積みの巨大建築物が一般的だ。しかし、こうした世界のピラミッドは日本が起源だと主張する人物がいる。神学者・酒井勝軍だ。酒井によればピラミッドは次のような定義があるという。
- 整然とした三角形の山(自然・人工を問わない)
- 頂上または付近に円形の列石が存在する
酒井は実際に日本中の山を調査し、1934年に広島県で最初のピラミッドを発見した。
それが広島県の葦嶽山(あしたけやま)。古くから神武天皇陵と言い伝えられ、酒井は2万3千年前のピラミッドだと主張している。
他にも奈良県の耳成山など、日本各地でピラミッドの発見が相次いだ。
そうしたピラミッドの中で最も美しいと言われているのが、秋田県にあるくろまんたピラミッドだ。標高280mの黒又山は、地元では『くろまんた』と呼ばれている三角形の山だ。山の頂上には、神社が鎮座している。
1992年にこのくろまんたに日本初の学術調査団が入った。当時としては画期的なGPSや地中レーダーを使った大規模な調査が行われた。その結果、山そのものは溶岩が盛り上がってできた自然の物だったのだが…。なんと斜面には、7段から10段ほどのテラス状の遺構があることがわかったのだ。
さらに頂上の神社の下には、10mほどの空洞があることが判明。つまり黒又山は、自然の山を利用して表面や地下に人の手が加えられていた可能性がある。木や土がなければ本来の姿が見られるのかもしれない。
黒又山のすぐ近くには、酒井が定義したピラミッドの条件、ストーンサークルが存在する。それが大湯環状列石だ。さらに山頂の神社で使われている基礎の石は、大湯環状列石で使われている石と同質の物だという。
知られざるユダヤとの関係?
2017年5月14日、淡路島の洲本である式典が取り行われた。古代ユダヤ遺跡発掘65周年記念式典だ。この式典には、元イスラエルの駐日大使も訪れていた。淡路島とユダヤ、一体何の関係があるのだろうか?
世界最大の謎の1つと言われているものに、イスラエルの失われた10支族というものがある。イスラエルの失われた10支族とは、古代イスラエル王国、王家の血を引く10の支族。紀元前722年、この支族たちはアッシリア帝国の攻撃を受け滅亡。何十万人の民たちは、国を追われ世界中に散らばった。その後、行方がわからず歴史の闇へと消えた。
その内の1つの支族が、2700年前にイスラエルから海を渡り淡路島にたどり着いたと言われている。
淡路島には、古茂江(コモエ)、由良(ユラ)、油谷(ユダニ)、論鶴羽(ユズルハ)といったユダヤやヘブライ語を想起させる地名が多く存在し、昔からイスラエルと何か繋がりがあったのではないかと考えられていた。
今からおよそ80年前、淡路島で旅館を経営していた森重吉は旅館の敷地拡張のため土地を調査していた。するとそこで遺跡のようなものを発見する。しかし、その翌日に森は急死してしまう。さらにその直後に室戸台風が淡路島を直撃、祟りではと恐れられ、その遺跡は埋め戻された。
終戦後の昭和27年、地元の歴史研究家がこの遺跡を再び調査。ユダヤ教の大司教ミルトン・ローゼンらが立ち会う大規模なものだった。その遺跡の岩にはユダヤ民族を象徴するダビデの星が刻まれていたという。
この発見は、当時の新聞にも大々的に取り上げられた。だがその後、目だった発見もなく次第にその存在は忘れさられていく。しかし、平成に入り当時の新聞を見た研究者が、再び調査を行った。
すると現地で発掘した土の中から指輪のような物が見つかった。1つはダビデの星、もう1つは鹿の絵が描かれていた。ダビデの星は、ユダヤ民族を象徴する印。そして鹿は、失われた10支族の1つナフタリ族の紋章なのだ。
だがこの指輪は、2回目の発掘に立ち会ったイスラエルの司教が、遺跡を埋め戻す時に埋めたものではないかとも言われている。だが、指輪だけではなく他にもユダヤとの関わりを示すものが、この時見つかっている。
それがこの石だ。この石には、女性器のような絵と文字のようなものが描かれていた。この文字はヘブライ語でガル・コディッシュと読み『聖なる波』を意味するという。この石が見つかった遺跡は波打ち際にある。
さらにヘブライ文字は、時代によって微妙に書体が違う。石に書かれているのは、紀元前7~8世紀のヘブライ文字であり、10支族が消えた年代と一致する。式典に参加した元駐日イスラエル大使は、これが本物であれば日本人とユダヤ人の深い繋がりを示す重要な証拠になると主張した。
遥か昔、国を追われたユダヤ人が、淡路島にやってきたのかもしれないのだ。淡路島は、神話の時代から国生みの地として伝えられている。淡路島には、未だに解明されていない日本の歴史、世界の歴史が詰まっている。