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井上馨と伊藤博文が結んだ協定とは!伊藤博文が恐れた井上馨の暴走癖!

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浮気や二股報道など、現在も度々報じられる有名人の女性スキャンダル。 そんな中でも最強最悪の女癖を持つ偉人がいる。東京、大阪、広島と全国各地に愛人を囲っていた初代総理大臣・伊藤博文。 恋人がいながら13歳の少女と結婚した幕末維新の立役者・桂小五郎。 そして、今回の主人公も幕末維新の立役者の一人『井上馨』。

長州ファイブの1人で、藩の命を受けてイギリスに渡り早々と海外の知識を取り入れ、明治政府の中心人物として活躍した。

長州五傑(ちょうしゅうごけつ)は、江戸時代末期(幕末)の1863年に長州藩から清国経由でヨーロッパに派遣され、主にロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジなどに留学した、井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)の5名の長州藩士を指す。出典:Wikipedia

 

 最強の恋愛暴走男

一目惚れからの略奪婚

井上馨は、初代外務大臣や内務大臣を歴任、諸外国との不平等条約の改正に尽力した『外交の父』。 しかしそんな彼は、どうにも恋が止まらない恋愛暴走男だった。

井上のプレイボーイっぷりを象徴するのが、大隈重信の屋敷で行なわれたパーティーでの出来事。 当時、珍しかったドレスを着こなす”武子”という女性の美貌に、井上は一瞬で恋に落ちた。

武子はエリート官僚を夫に持つ既婚者だった。しかし、相手が人妻とわかっても井上は止まらない。なんと井上は、夫が出張している隙に武子に近づき

「俺は浮気なんてしないから」

と甘い言葉で誘惑。 武子を寝取った挙句、結婚までしてしまったのだ。

あまりにもスキャンダラスな井上を案じ、大隈重信が純愛を貫く誓約書まで書かせたのだが、そんな誓いなどそっちのけで女遊びを繰り返していた。 さらに井上の暴走は止まらない。

次に恋をしたのは、人気芸者にして財界の超大物、三菱の創立者・岩崎弥太郎の愛人。 すると妻・武子にも使った必殺『一途アピール』で

「俺は浮気なんてしないから」

と誘惑。 誰もが躊躇する相手でもお構いなし、井上の暴走は止まらない。

ちなみに、井上の暴走癖を知っていた伊藤博文は、自分の愛人に手を出されないように協定まで結んでいたと言う。 その名を「とらぬ会」と呼んだ。

酒に酔って事件勃発

事件が起きたのは、井上が60歳を超えた頃。さすがに落ち着いてきたかと思いきや、 今度は新橋の人気芸者”丸子”に一目惚れ。

「俺は浮気なんてしないから」

伝家の宝刀、必殺の『一途アピール』で丸子を口説き落とすと、彼女に家を買い与え、愛人として囲い込んだ。 この老いらくの恋が後に、世間を騒がせるスキャンダルを招く。

酒に酔った勢いなのか、井上は丸子を追い出し、なんと彼女の家まで売り払ってしまった。 友人の家に居候することになった丸子。プライドを傷つけられた丸子は、井上と別れることを決意。 彼女の気持ちを井上も受け入れ、手切れ金を手配した。 その金額は、今の価値にして1000万円を超える大金。

しかし、出来る限りの大金を用意したにも関わらず、なぜか丸子が大激怒。 手切れ金の受け取りを拒否したのだった。

丸子が激怒した理由

その理由は、手切れ金と共に渡された手紙にあった。

『先々、独身を通しなさい』

丸子が激怒した理由は、自分の浮気を棚に上げ、別れた後も一途な愛を強要したからだった。丸子が高額の手切れ金を受け取らなかった最大の理由、それは女としてのプライドを守るためだった。

 

 井上 馨(いのうえ かおる、天保6年11月28日(1836年1月16日) - 大正4年(1915年)9月1日)は、日本の武士(長州藩士)、政治家、実業家。本姓は源氏。清和源氏の一家系河内源氏の流れを汲む安芸国人毛利氏家臣・井上氏の出身で、先祖は毛利元就の宿老である井上就在。首相・桂太郎は姻戚。同時代の政治家・井上毅や軍人・井上良馨は同姓だが血縁関係はない。 幼名は勇吉、通称は長州藩主・毛利敬親から拝受した聞多(ぶんた)。諱は惟精(これきよ)。太政官制時代に外務卿、参議など。黒田内閣で農商務大臣を務め、第2次伊藤内閣では内務大臣など、要職を歴任した。栄典は従一位大勲位侯爵、元老。出典:Wikipedia