令和になって注目を集める「万葉集」。実は当時のベストヒットソング集!現代のSNSでの男と女の駆け引きのような歌や、フレディ・マーキュリー、レディガガのような歌人が!万葉集を楽しく学びましょう。
ラブソングの宝庫!男と女の万葉集
万葉集はベストヒットラブソング集
5月1日新元号「令和」が始まった。飛鳥時代に定められた「大化」から数えて248番目の元号だ。その「令和」という文字の出典は、4500首もの歌から成る「万葉集」。奈良時代、太宰府の長だった大伴旅人が書いた序文から取られた。
このことから今、「万葉集」は大いに脚光を浴びている。しかし、その中に収められている歌をどれだけの人が知っているだろうか?歌はそもそも男と女が、自分の気持ちを伝える手段として発展してきたもの。
それは、現代人がSNSでメッセージを送るような感覚で、今読んでも共感できる恋の駆け引きが織り込まれている。例えば…
あしひきの 山のしづくに 妹待つと 我立ち濡れぬ 山のしづくに
訳)大好きな君が来るのを待っている間に俺、山の雫に濡れちゃったよ
我を待つと 君が濡れけむ あしひきの 山のしづくに 成らましものを
訳)あら、そんなに濡れちゃったの?だったら私、山の雫になりたかったな
なんて歌も収められている。さらに当時は現代同様、道ならぬ不倫の恋もあり、歌に残されている。
息の緒に 我が息づきし 妹すらを 人妻なりと 聞けば悲しも
訳)恋しい恋しいとため息ばっかりついて、あなたを愛してきたのに、人妻だったと聞いて悲しくてなりません。
それに対して彼女が返した文面は…
我が故に いたくなわびそ 後遂に 逢はじと言ひし こともあらなくに
訳)そんなに落ち込まないで、これから先あなたと遭わないと言ったわけじゃないでしょ
万葉集の成立は奈良時代。集録された歌のおよそ半分は恋の歌で、いわば当時のベストヒットラブソング集なのだ。
現代に蘇る万葉集
「万葉集」を彩る歌人たちは、現代のアーティストにも負けない数々のラブソングを作っていた。現代のアーティストたちの歌と照らし合わして、万葉集を紐解く!
万葉集のユーミン
♪あの日にかえりたい
暮れかかる都会の空を 思い出はさすらって行くの 光る風 草の波間を かけぬける私が見える
ユーミンは、風景と自分が重なるような歌詞が特徴的。そんな歌人が「万葉集」にもいる。万葉集のユーミン、それが皇族で女性歌人の額田王(ぬかたのおおきみ)だ。時の帝。天智天皇のことを想って作った歌がある。それは愛しい人を部屋で待っている時に歌った「万葉集」の中でも斬新なラブソングだ。
君待つと 我が恋ひ居れば 我がやどの 簾動かし 秋の風吹く
訳)あなたを待って一人で部屋にいると、家のすだれを動かして、秋の風が吹いてきたの。あなただと思ったのに
すだれを動かす秋の風にさえ、彼を感じて心が揺れてしまう。そんな切ない恋心を歌っている。目に映る風景に自分の心を重ねる、現代のユーミンの感性と通じ合う。
万葉集の中島みゆき
男に対する女の恨みがこもった歌と言えば、中島みゆきだ。
♪化粧
バカだね バカだね バカのくせに 愛してもらえるつもりでいたなんて
「万葉集」の中で数多くの優れた恋の歌を残しているのが、「万葉集」の中島みゆき、貴族・大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)。天皇とも親交があった歌人で、男への恨みとフラれた自分の惨めさを歌っている怨恨歌は、ベストソングの1つと言われている。
はじめより 長く言ひつつ 頼めずは かかる思ひに 逢はましものか
訳)あなたが最初から「ずっと愛している」だなんて、頼りにさせるようなことさえ言わなかったら、こんな辛い思いをしなくて済んだのに
まさに捨てられた女の心情。中島みゆきのルーツと言える。郎女はこんな歌も残した。
来むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを 来むとは待たじ 来じと言ふものを
訳)来ると言っても来ない時があるのに、来ないって言っているのを来ると想ってなんて待ちません。来ないって言っているんだから。そんなこと言いながら、でもやっぱりあなたを待っている私ってバカ
万葉集のフレディ・マーキュリー
「万葉集」の歌人の中でも屈指のスーパースターと言えるのが柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)。彼の名前は「万葉集」以外にはどこにも記載がなく、その生涯は謎に包まれている。そんなミステリアスなところが、彼にカリスマ性を与え、歌は格調高く、スケールが大きい。例えば…
天地と 言ふ名の絶えて あらばこそ 汝と我と 逢ふこと止まめ
訳)世界が滅びる日が来たら、僕らは会えなくなるけれど、世界が滅びるその日まで僕らはずっと一緒だよ
時を超えて永遠に歌い継がれるそんな力強さが、人麻呂の歌にはある。それはあのフレディ・マーキュリーの歌の世界と同じだ。
♪We are the champions
We are the champions,my friends
And we'll keep on fighting till the end
We are the champions
We are the champions
訳)俺たちはチャンピオンなんだ、友よ。そして俺たちは戦い続けるだろう、最後まで。俺たちはチャンピオンだ、俺たちはチャンピオンだ
万葉集のレディ・ガガ
「万葉集」の中で最も情熱的で強い女、それが狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)。彼女の夫は、結婚してすぐに流罪になってしまう。別れを惜しんだ二人の間でやり取りされた歌は、「万葉集」に63首も収められている。そして、夫が流罪となるその日、彼女が詠んだ歌がこちら。
君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも
訳)あなたが流されていく長い道、その道をたぐり寄せて畳んで焼き滅ぼしてしまう、天の火が欲しい
その情熱はまさしくレディ・ガガ。歌を通して世の中の理不尽なあらゆる壁を取り払おうと闘っている彼女の姿と重なる。
♪Born this way
Don't hide yourself in regret
Just love yourself and you're set
I'm on the right track,baby
I was born this way,born this way
訳)後悔で自分を隠さないで、ただ自分を愛して立って。正しい道にいる、この道に生まれてきた、この道に生まれたの
歌に秘められた男の友情
奈良時代に生まれた「万葉集」。中でも素晴らしい歌を残したのが、大伴旅人と山上憶良。そんな2人の間には熱い友情ドラマがあった。
刑事ドラマ風にアレンジしてみた
万葉警察署・九州・太宰府
家柄も学歴もないノンキャリアでありながら、努力で出世した刑事長・山上憶良。苦労人で人柄もよく、部下たちからも慕われていた。そんな憶良が宴会で詠んだ歌がこれだ。
憶良らは 今は罷らむ 子泣くらむ それその母も 我を待つらむそ
訳)憶良はもうそろそろ帰ることにします。家でまだ小さい子供がぴいぴい泣いているもんで、それに早く帰らないとカミさんが怒るので
自分のことを憶良と言ったり、子供はもう大きかったにも関わらずこのような歌を詠んだ。彼は宴会を抜け出す際に、みんなをしらけさせないよう、わざと笑いを取って席を立ったのだ。
そんなある日、都から赴任してきた長官の大伴旅人。刑事長の憶良より階級は上、だが年齢は5歳下という微妙な人事だった。ところが、旅人が憶良と飲みに行った先で見せた素顔は…
この世にし 楽しくあらば 来む世には 虫に鳥にも 我はなりなむ
訳)今飲んでいるこの世が楽しかったら、来世は虫になっても鳥になっても構わないじゃないですか
さらに
なかなかに 人とあらずは 酒壺に 成りにてしかも 酒に染みなむ
訳)中途半端に人間でいるくらいなら、いっそのこと酒の壺になってしまいたい。酒にどっぷり浸かってしまおう
2人は大好きな歌を通じて心を近づけていった。そんな中、旅人の妻が亡くなる。しばらくして憶良は、旅人を酒に誘った。その数日後、憶良から旅人に贈られた歌がある。
悔しかも かく知らませば あをによし 国内ことごと 見せましものを
訳)悔しい、異郷の地でこんなに儚く妻を亡くすと知っていたら、故郷奈良の山野をくまなく見せておくんだった
そして別れの時がやって来た。旅人は昇進し中央へ帰ることとなったのだ。この時、憶良はこんなメッセージを旅人に送っている。
言ひつつも 後こそ知らめ とのしくも 寂しけめやも 君いまさずして
訳)別れがつらい、お元気でなどと、あれこれ言ったところで後で思い知らされることでしょう。少し寂しいなんてものではない。あたながいらっしゃらないのですから
二人の友情は、今も「万葉集」に息づいている。
旅人は出世して都に帰るが1年もせずに死んでしまう。憶良は、旅人が都に帰った後に都へ戻ることになったが、旅人はすでに亡くなっており出会うことはなかった。2人が太宰府で出会い、宴会で歌を歌っていなかったら「令和」は生まれていなかっただろう。
ラブソングの返事は…
「万葉集」の時代、異性から歌を贈られた人は、歌で返事をしなければならなかった。そんな2人のやり取りから男と女の内情が透けて見える。
流罪の男に帰りを待つ女
我が背子が 帰り来まさむ 時のため 命残さむ 忘れたまふな
訳)あなたが帰っていらっしゃる時のために命を残しておきます。忘れないでください
これに対して男が返した返事が、「何年も逢ってないけれど、僕は浮気心なんて持っていないよ」。命をかけて待つという情熱的な女性の歌への返事としては、なんとも温度差を感じるイケてない返事だ。
男がなかなか会いに行けない女性に贈った歌
しきたへの 枕動きて 夜も寝じ 思ふ人には 後も逢ふものそ
訳)枕が動くほど何度も寝返りを打って夜も寝られずにいるのだろう。でもお前が思っている人には、後で逢えるものだよ
ところが、この歌を受け取った女性は男性がどうせ来ないと気付いていた。そこで書いた返事がこちら。
枕が人に何か言うのですか?その枕はもう苔が生えています。
実際、女性は男性に対して愛想を尽かしていたので、あなたの言う枕にはもう苔が生えている、使ってないよ。という痛烈なしっぺ返しがされている。