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【都市伝説】今さら聞けない禅の世界!ありがたい教えは日本人の日常生活に潜んでいる!?

禅の教え

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誰もが知るレジェンド、イチローにマイケル・ジョーダン、そして京セラの創業者・稲森和夫。世界に名立たる彼らは、ある同じ教えを実践している。それが禅だ。

 禅とは、達磨大師が開祖とされる仏教の宗派の1つ。座禅などを通し、自分自身と徹底的に向き合うことで「本当の自分」を見つけるための教え。今、多くのグローバル企業が取り入れているマインドフルネス。これは禅をベースにした瞑想法と言われている。

実徳を隠して外相を飾らず

Appleの創業者・スティーブ・ジョブズも禅の教えを実践した1人。ジョブズは、大学時代にアメリカで日本人の禅僧と出逢い影響を受けたという。そして、禅のある教えを形にしたようなある製品を生み出すことになる。その教えとは「実徳を隠して外相を飾らず」。これは内面をよくして外面を飾らないという意味。彼は周囲の反対を押し切ってまで実用性をトコトン追求。見た目はシンプルなデザインにこだわったのだ。美しく機能的な製品の影には禅の教えが隠されていた。

料簡法意

日本人の日常生活の中には数多くの禅が存在している。例えば、子供の頃からよくやる遊び「じゃんけんほい」英語だと掛け声は、Rock(岩)、Paper(紙)、Scissors(ハサミ)。ドイツ語では、Eins(1)、Zwei(2)、Drei(3)。どちらも意味が分かる。だがじゃんけんほいとは一体何なのか?実はこれ禅の教えによるものだった。

「じゃんけんほい」という掛け声のルーツは、料簡法意(りょうけんほうい)という禅の教えと言われている。料簡とは、よく考えて正しい説を選び出すこと。法意とは、釈迦のいう結果に間違いはないという意味。人は、人生を左右するほどの重大な決断を迫られた時、正しい答えを即座に引き出すことは困難。そんな時、古くから日本人は神仏に身をゆだね、その結果に納得するしかないと考えてきた。

「じゃんけんほい」には、人知を超えた運命には逆らわないという禅の教えが込められているのだ。

心にしみる禅の言葉

シチュエーション1

定年退職して十分なキャリアがあるのに再就職が決まらない、と悩む人たちへのヒントとなるかもしれない言葉。

放てば満てり:手の中にあるものを捨て去れば、また新たなものが満ちてくる

ある時、中国の皇帝が禅の開祖・達磨大師に仏教の心理とは何なのかを訪ねた。すると達磨大師は、一切の迷いも何もない、悟りすらもない空っぽの状態だと答えたという。禅の考え方の根本は、この世は本来何もない空っぽの世界ということ。しかし、人は成長の過程で肩書きや他人との比較など、目に見えない価値観で自分をがんじがらめにしてしまいがち。だからこそ達磨大師は、空っぽの世界に生まれた人間はすべてを捨て去り空っぽになれと説いたのだ。

これまでのキャリアを捨てることで、また新たなキャリアを生み出すことができるかもしれないという言葉。

シチュエーション2

職場の新しい上司が厳しいために、みんなが無理をして職場の空気が台無しで業績も下がり始めた。なんて人たちへのヒントになるかもしれない言葉。

雨ならずして花落つ:雨が降るのも、花が散るのも自然の摂理

人は何か不都合なことが起こったり、逆境に陥った時、その原因を誰かのせいにしてしまう。しかし、それはそれまでの過程によって生じた自然なもの。何かのせいではなく、成るべくして成っている。と説いている。雨が降らなくとも花は散ってしまうもの、その摂理に気がつかなければならないのだ。

人のことをどうこう言う前に、自分のやるべきことを考えてすることが大事という言葉。

シチュエーション3

もういい歳なのに恋人もいないと嘆いている女性、男性へのヒントになるかもしれない言葉。

裂古破今:若い若くないという違いに善し悪しは存在しない

人は新しいものと古いものを比較し何かと優劣をつけたがる。しかし、その価値観に根拠はなく、どちらにも良いところと悪いところがあるとされている。つまり、若いから良い、歳を重ねたからダメだと言うのではなく、そういう先入観を捨てありのままに見せることが大切と説いているのだ。

シチュエーション4

安定した会社を辞めて独立するかどうかで悩んでいるへのヒントになるかもしれない言葉。

而今(にこん):今だけという意味で「今を生きろ」という教えが込められている

ある時、釈迦の下を訪ねた人が質問した。来世はあるのか、ないのか?霊魂はあるのか、ないのか?時間は無限なのか、有限なのか?と証明のしようがない質問を次々と釈迦にぶつけた。すると…

ならば聞くが、ここに毒矢に射られた人がいたとしよう。その時、犯人は誰か?どんな毒か?いつやられたのか?それらがわからないうちは、矢を抜いてはならないとなったならその人はどうなる?

もちろん死んでしまいますよね。証明のしようのないようなことを考えている内にお前の一生は終わるだろうと返したのだ。

日本に禅を広めた道元は、この教えから而今という言葉で今、この一瞬の大切さを説いた。人は迷っている時、この先に幸せがあるのか?ないのか?という結果だけを気にしがち。しかし、あるとかないとかは頭で考えてもわからないのだ。未来ではなく今を考えることで、やがて理想の未来がやってくる、そう説いているのだ。

 

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