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【都市伝説】徳川綱吉はゲス不倫で正室の怒りを買って殺された!?

 

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生類憐みの令で有名な徳川幕府5代将軍・徳川綱吉

綱吉の側用人として知られる柳沢吉保館林藩時代からの学問上の師弟関係にあり、綱吉が将軍になってからも吉保の家を訪れるほど親密な仲だったという。それが示す通り吉保は綱吉が将軍時に大老格にまで出世している。

将軍が部下の家を訪問することが希な時代に、綱吉が自ら柳沢家を訪ねた回数は常軌を逸する58回。綱吉は一体なぜ吉保の家に通いつめたのだろうか

 綱吉は同性愛に執心したり、大奥の奥女中や部下の妻に手を出したりするなど実はかなり女癖が悪かったといいます。そこで噂されたのが部下である吉保の妻・お染との不倫なのです。

部下の家に通いつめては、不倫を繰り返す綱吉。そしてついにお染は妊娠。表向きは柳沢の子として扱われたが、綱吉の子だという噂が当時からあったようだ。綱吉は柳沢家に松平姓を与えて連枝(貴人の兄弟を指した敬称)としたことも、その噂の真実味を高めた。

この噂話にはさらなる驚きの展開が!急逝で知られる綱吉ですが、その死因はなんと綱吉の女遊びに心を病んだ正室・信子による無理心中で、大奥にある宇治の間で綱吉を殺害したということが真実だとして大奥では語り継がれていたのだ。

しかし、これはあくまで噂話であり綱吉は麻疹と併発していた急性気管支炎の発作によって、食事の最中に喉を詰まらせて窒息死したとされている。

その後、将軍が殺害されたと噂のある宇治の間は、夜な夜な幽霊が出ると言われ「開かずの間」にされており、江戸城が改築されるたびに同じ場所に同じように作り変えられたため、この噂が事実のように語られていたそうだ。

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